【身体で覚える般若心経】私たちは何からできているのか(第3回)

般若心経をテーマに身体を使って笑って覚えるほほ笑みヨガの第3回めのテーマは「五蘊」。

今回も分かりやすい動画でご説明いただきました。

不動寺住職西田拓大氏から質問です。

少し考えてみてください。

私たちは何からできているのでしょうか?

どのようなあり方をしているのでしょうか?

私たちは普段はあまり自分自身のことについて、ましてや何から成り立っているか、なんて考えることはありませんよね~。

お釈迦様は苦しみを滅して幸せに生きる方法を説かれていますが、それにはまず、自分自身の成り立ちを知る、そこから始まるのですね!

何かの苦しみやうまくいかないことがある時、そもそもそれが生まれているのはなぜなのか?それがどこから来ているのか?について考えをめぐらせるのはとても大切。科学的アプローチですね~。

さて、この科学的にも哲学的にも聞こえる問いの答えは、きわめて合理的です。

量子物理学で実態が明らかになってきた現代において、この答えに2500年前に至っていたお釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)はどんな脳の回路をしていたのだろう、と感嘆します。

お釈迦様は瞑想中にご自身を観察することでこれを発見したそうです。

人間が普段使っていない脳の部分を使えるようになったら、これらを感覚として観察することができるようになるのかな~、なんてロマンを感じるのは私だけでしょうか♪

”照見五蘊皆空 ”

分かった(照見)。私たち人間は肉体と精神が集まったものだ(五蘊皆空)。

そして、それらはすべて空だ(皆空)。錯覚だ。人間は錯覚の生き物だ。

「五蘊」がでてきました。さっそく何か見ていきましょう!

人間は5つの要素から構成されている

五蘊とは、人間を構成する要素のことで、色・受・想・行・識の5つ。

色(しき):物質。からだ、肉体

受(じゅ):感覚。感受するこころの作用

想(そう):イメージ。思い浮かべる心理作用

行(ぎょう):意思。方向性のある意識

識(しき):認識。判断、識別する心理作用

花で例えると、こんな感じです。

わかりやすい具体例を追加してみました。

色(しき):花を作っている分子や原子、匂いや色などの物質 

「私たちが定義する薔薇の花そのもの」

受(じゅ):その人が感じる触った感触、匂いや色などの感覚 

「花びらの手触り、香り、赤い色」

想(そう):受け取った感覚からできる花のイメージ、想像 

「ゴージャスで情熱的だわ~」

行(ぎょう):その花を見ていたい、摘んで飾りたい、育てたい、という意思 

「この花の花束を部屋に飾って香りに包まれたい」

識(しき):そう思うその人の認識 

「この柔らかな赤く情熱的な薔薇の花束を飾って、部屋に満ちる香りで私が包まれたい、という思い」

薔薇の存在には5つの要素がある。


物質としての薔薇、その薔薇を触ったり嗅いだりした感覚、その薔薇から受けたイメージや想像、その薔薇によって生まれた意思、そのような思いそれ自体、の5つの要素、ということですね。

人間の存在についてもこの5つの要素がある。

お釈迦様はこの世界を極めて合理的に分析していて、この五蘊、5つの要素が作用しあい、関係しあうことで人間は存在している、と言ったのですね~。

5つの要素は変化しながら相互作用して存在する

色受想行識、肉体、感覚、イメージ、意思、認識の5つの要素はお互いに関係しあいながら、変化しながら存在するとお釈迦様はいいました。

例えばどんなことでしょうか?

スタートの【色】は同じだけれど、その後が違ってくる具体例AとBをあげてみようと思います。

1)楽しいことがありそうな日(快・不快)かどうかで、判断が違ってくる例

- 色受想行識 A(平日)

朝起きて、【色】身体が平熱より少し高い→【受】だるくて重たい感覚→【想】仕事をしたら疲れて辛そうだな~というイメージ→【行】今日は仕事を休んでゆっくりしようと思う→【識】身体が辛いので病欠しようという判断

- 色受想行識 B(休日)

朝起きて、【色】身体が平熱より少し高い→【受】これぐらいなら大丈夫、動けそうな感覚→【想】楽しい外出なので行けば治っちゃいそうなイメージ→【行】無理はしないように楽しもうと思う→【識】身体を気遣いながら外出しようという判断

2)好きな人か嫌いな人かで、判断が違ってくる例

- 色受想行識 A(嫌いな人)

【色】約束したことを守ってもらえなかった→【受】ムカムカと怒りが湧く感覚→【想】改めてあの人は嫌いだな~関わりたくないというイメージ→【行】文句を言う気にもなれずに気づくまで放置することにした→【識】約束を守ってもらえなかったが文句を言わず、関わらないことにしようと判断

- 色受想行識 B(好きな人)

【色】約束したことを守ってもらえなかった→【受】あれれ、と驚く→【想】何か事情があったのかもしれないと想像→【行】約束を忘れていないかどうか確認してみよう→【識】約束を守ってもらえなかったが忘れているかもしれないので聞いてみようと判断

このように肉体と心と頭とが相互に作用しあって、同じ出来事でも違う結果になってきます。

また、お釈迦様はそれぞれの要素は変化すると言っています。

今回はこうだったけれど、また別の日には一つの要素が変化して別の結果になる、ということですね~。

五蘊の相互作用については因と縁、つまり原因と結果という形で円形のループになって解説されています。

五蘊を分割した12種類(無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死)の関係性を表したループは十二因縁(十二縁起)と呼ばれていて、ちょっと難しいのですが、心理学的にもなるほどな~と思います。

また別の機会に動画で拓さんのお話しをうかがえたらよいなと思うのですが、今の自分が十二因縁でいうとどのフェーズにいるのかを意識できると、苦しみにはまり込まずに脱却する道筋が見えてきます。

心理学や脳科学の知見がない時代に、ブッダが自らの力で十二因縁を発見し、苦しみから抜け出す方法を解説している、本当にすごいです!

すべて実態がないものである

般若心経ではお釈迦様は五蘊が変化しながらも存在するという立場ですが、もう一人の登場人物、観音様はそれをさらに進化させます。

短い動画では説明しきれないため、これについては西田氏にお話しをうかがったところ、原始仏教の教えがお釈迦様の立場、大陸の北側を伝わって日本へ伝来した仏教の「すべては実態がないという」観音様は大乗仏教の立場だそうです。

観音様は五蘊皆空。色受想行識、つまり肉体と物質、精神はすべて実態がないものだ、と言い切ります。

絶対的なものは何もない。この世には理屈では説明できないことがある。

実際の現代の世界でも、量子物理学の世界は現象としては説明はできても、まだ理屈や原理としては説明できていないですよね。そういったものがこの世にはあるということでしょうか。

「すべてに理由を求める、説明できるという立場を超えることで、なんとかなるのではないか。苦しみの中にも希望を見出せることができる余白を作り出しているのかもしれません。」

西田氏

なるほど~。

観音様のおっしゃっていることは難しくて厳しいように聞こえますが、その背景には皆を救いたいという優しさがあふれているんですね~♪

人間を構成する5つの要素、五蘊がテーマ

解説はまだまだ続きます!

今回もありがとうございました♡

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